同人誌の「魁」の例会を開催しています。毎月最終日曜日の午後3時から5時の間です。すでに4回開催しています。内容は、読書会と合評会です。読書会は、今迄に村上春樹「風の歌を聴け」、石原慎太郎「太陽の季節」、大江健三郎「飼育」、カミュ「ペスト」です。時間の関係で短編、文庫本に限定しています。合評会は皆の提出した原稿の感想を述べあっています。明日その5回目を開催します。場所は広島市中区堀川町の喫茶店「シャモニーモンブラン」です。6人位が出席します。興味のある方はどうぞ。
カテゴリー: 今時誰も読まない本
鼬
この戯曲は、同人誌の同人に頂いた本の中に掲載されていました。作者は真船豊という方です。昭和十年十二月十四日に発行されいますから、八十五年前の戯曲ということになります。最初は東北弁で、女が皆男勝りな物言いなのでなかなかとっつきにくかった。しかし、中途からグイグイ引き込まれました。これは傑作だと思います。
「或る小倉日記伝」

松本清張の芥川受賞作である。森鴎外が小倉で過ごした三年間の日記である『小倉日記伝』(完全な形では残っていなかった)を、障害者(神経性の障害で片足が麻痺しており、しかも言葉をうまく喋れない)である田上幸作が補完作業をする姿が書いてある。時代は戦時下、母の裁縫と家賃収入で細々と暮らし、しかも障害を抱えた身での生活は苦しかった。しかし、何度も挫折感を味わいながら、風呂敷一杯の資料を集めた。戦後、食糧難と麻痺症状の進行でなかで甲作は息を引き取る。その翌年、鴎外の一族によって『小倉日記伝』の原本が発見される。つまり甲作の努力は水泡と化したのである。何とも救いのない作品だが、甲作の結果的には埋もれてしまったがひたむきな生き方が胸を打つ。松本清張の文体は乾いて切れが良くスピード感があるが、この作品は少しウェットで、少しスピードが落としてある。
「蒼氓」
船には千人近い移民が乗っている。作者は実際に移民船に乗ってブラジルに渡航した体験をしている。作者は移民するような貧しい家庭に育ったわけでもないのに、どういう経緯でそういう体験をしたのか分からない。しかし、その体験が無ければこのリアル感は出せなかったに違いない。
群集小説である。皆、日本の貧しさから逃れるために移住しようとしている。社会性を持った作品であるのに、作者は社会主義には興味を持っていない。骨太で突き放したような文体である。皆、よく酒を飲むし、歌を歌うし、踊る。移民たちは貧しいけれども絶望はしていない。人間万歳程では無いにしても、人間で満更捨てたものではないなと感じさせる。
「島」 堀田清美
この戯曲の作者は倉橋島の出身者です。この劇の舞台は倉橋島の音戸です。主人公のモデルは広島県被団協の理事長、坪井直(すなお)さんです。作者は弟さんの幼馴染であるこの坪井直さんから被爆の話を聞いてこの戯曲を書きました。
昭和26年頃の音戸、被爆者の栗原学は地元の中学校の教師をしています。昭和26年というと、朝鮮戦争は終わりましたが、プレスコードはまだ生きていて原爆の話をすることは厳重に禁止されていました。翌昭和27年にサンフランシスコ講和条約と共にプレスコードは廃止されましたが、やはり原爆の実態を晒すことはタブーになっていました。
そのような時代背景の中、学はこのまま故郷に埋もれて沈黙の中に生涯を終わることに疑問を持ちます。学友や教え子との交流の中で、学は自分の被爆体験を何らかの行動に移すべく、都会に出て行くことを決意します。
第五福竜丸事件をきっかけにして昭和30年には原水爆禁止運動が起こります。それに先立ついわば「夜明け前」の青年達の自問自答や煩悶を書いています。昭和32年にこの戯曲は「岸田戯曲賞」を受賞しています。
どちらかの陣営に片寄ることなく、揺れ動く青年の内面が書かれています。地味ではあっても緻密な台詞が続きます。それにユーモア。実は坪井先生は私の中学時代の先生でした。担任ではなかったのですが、その頃からひょうひょうとしたお人柄で、生徒達にとても人気がありました。しかし、運動会の徒競走に出て倒れてしまわれたことがありました。きっと被爆が原因だったのでしょう。
