
松本清張の芥川受賞作である。森鴎外が小倉で過ごした三年間の日記である『小倉日記伝』(完全な形では残っていなかった)を、障害者(神経性の障害で片足が麻痺しており、しかも言葉をうまく喋れない)である田上幸作が補完作業をする姿が書いてある。時代は戦時下、母の裁縫と家賃収入で細々と暮らし、しかも障害を抱えた身での生活は苦しかった。しかし、何度も挫折感を味わいながら、風呂敷一杯の資料を集めた。戦後、食糧難と麻痺症状の進行でなかで甲作は息を引き取る。その翌年、鴎外の一族によって『小倉日記伝』の原本が発見される。つまり甲作の努力は水泡と化したのである。何とも救いのない作品だが、甲作の結果的には埋もれてしまったがひたむきな生き方が胸を打つ。松本清張の文体は乾いて切れが良くスピード感があるが、この作品は少しウェットで、少しスピードが落としてある。
