月別: 2019年9月

[人情紙風船]

「人情紙風船」昭和12年に公開された山中貞夫監督の作品です。この作品が封切られた当日に赤紙が届き、山中監督はそのまま中国に出征し、戦死しています。

この映画、観るのは2回目で、最初は余り印象に残っていません。おそらく舞台の長屋の描写が、あまりにも貧しかったのが原因でしょう。それにあまり聞いたことのない出演俳優の多くが前進座所属で、地味の上にも地味という印象を持ったせいもあるでしょう。

しかし、時を経て見直してみると、その日暮らしの長屋の住人の活力に共感するところがありました。それに対して同じ長屋に住む就活浪人の哀れさ。

ストーリーは二方向から進みます。同じ長屋に住む髪結いの新三と浪人の海野又十郎。質屋の白子屋(質屋が裕福なのは現在では考えられない)の娘を新三が誘拐し、それを行きがかり上又十郎がかくまう。長屋の大家(こちらも現在ではあまり裕福なイメージはない)の斡旋で、娘は無事に質屋の親元へ帰る。親からせしめた金で長屋の住人で宴会をする。この宴会の描写が面白い。又十郎も宴会に出るが、その後妻に責められ自殺してしまう。どうせ金は天下のまわりもの。新三も新三なら質屋も質屋、金に窮した貧乏人から巻き上げた金に過ぎない。ならどんちゃん騒いでぱっと使った方が勝ち。又十郎に比べ、長屋の住人の底抜けの活力。

「島」 堀田清美

この戯曲の作者は倉橋島の出身者です。この劇の舞台は倉橋島の音戸です。主人公のモデルは広島県被団協の理事長、坪井直(すなお)さんです。作者は弟さんの幼馴染であるこの坪井直さんから被爆の話を聞いてこの戯曲を書きました。

昭和26年頃の音戸、被爆者の栗原学は地元の中学校の教師をしています。昭和26年というと、朝鮮戦争は終わりましたが、プレスコードはまだ生きていて原爆の話をすることは厳重に禁止されていました。翌昭和27年にサンフランシスコ講和条約と共にプレスコードは廃止されましたが、やはり原爆の実態を晒すことはタブーになっていました。

そのような時代背景の中、学はこのまま故郷に埋もれて沈黙の中に生涯を終わることに疑問を持ちます。学友や教え子との交流の中で、学は自分の被爆体験を何らかの行動に移すべく、都会に出て行くことを決意します。

第五福竜丸事件をきっかけにして昭和30年には原水爆禁止運動が起こります。それに先立ついわば「夜明け前」の青年達の自問自答や煩悶を書いています。昭和32年にこの戯曲は「岸田戯曲賞」を受賞しています。

どちらかの陣営に片寄ることなく、揺れ動く青年の内面が書かれています。地味ではあっても緻密な台詞が続きます。それにユーモア。実は坪井先生は私の中学時代の先生でした。担任ではなかったのですが、その頃からひょうひょうとしたお人柄で、生徒達にとても人気がありました。しかし、運動会の徒競走に出て倒れてしまわれたことがありました。きっと被爆が原因だったのでしょう。